ゴールドラッシュの時代

・緻密な時代考証

 作品の舞台は、ゴールドラッシュと呼ばれた1851年のオレゴン州です。ゴールドラッシュと聞くと、炭鉱夫たちが全身を真っ黒にして働いているイメージを持つ方もいらっしゃるでしょう。もしかしたら、川底から金がザクザク採れているイメージをする方もいらっしゃるかもしれません。私も、ゴールドラッシュと聞いて漠然としたイメージはありましたが、当時の人々の生活といったものは全く知りませんでした。
 この作品は、ゴールドラッシュという時代がどんな時代で、人々がどのように生きていたかを知るきっかけにもなります。衣装考証も綿密に行われ、撮影現場では何か国語も飛び交っていたというのですから、それだけ時代背景や衣装にも熱の入った作品であることが窺い知れます。

・力強い音楽

 音楽というのは作品を印象付ける存在のひとつです。テーマソングが最もわかりやすい例ですが、この作品にテーマソングはありません。その代わり、冒頭で流れる音楽がこの作品の根底となっています。
 不協和音のような不気味さを感じさせつつも、この先の展開を期待させるような音楽。作品の結末も含め、私はこの映画を表現するのにぴったりの曲だと思います。この曲を聴くだけで作中の様々な場面を思い出すことができます。もちろん、作中で使われている数多くの曲も印象的です。現代の音楽ではあまり感じられない、まさにゴールドラッシュの時代に自分がいるような錯覚に陥ることができます。

・町が生まれる瞬間

 私たちの認識では、町や都市というのはそこに存在しているのが当たり前です。古い建物もあれば新しい建物もあり、その土地の伝統を感じさせてくれたりします。しかし、町や都市は自然にできたものでもなければ、魔法で突然できたものでもありません。誰かが建物を建て、人が集まることで町ができ、そこから都市に発展していくのです。作中では人々が家や店を建て、次の土地へと移っていく様子が描かれています。そうすることでお金を稼いでいるのです。
 ゴールドラッシュと聞くと真っ先に金をイメージしがちですが、金と同時にアメリカという国の発展の基礎となった時代であることを私は知りました。

兄弟と二人の男

・シスターズ兄弟

 彼らの生き方は刹那的と言えるでしょう。兄であるイーライはそこまででもないかもしれませんが、弟のチャーリーは今が楽しければそれでいいというような考え方をしているように思えて仕方ありません。殺し屋として名を馳せている兄弟ですから、そんな生き方になるのも頷けます。そんな中でもイーライは殺し屋稼業から足を洗い、チャーリーと店を開きたいと夢を見ていました。馬を気遣う一面もあり、イーライが実は優しい心の持ち主であることが伝わってきます。でも、その優しさの中に自責の念が含まれていることも忘れてはなりません。弟が父親を殺したのは自分のせいだと思っているイーライは、きっと彼なりにチャーリーの生き方を心配しているのでしょう。その優しさはなかなかチャーリーには届きませんでしたが。
 チャーリーはといえば、父親を殺したことは兄のせいだとは思っていないように見えます。酒が好きで傍若無人な性格ですが、自分の行動には責任を持つ、芯のしっかりした人間だと言えるでしょう。だからこそ提督の地位を密かに狙っていたのです。もちろん、権力への憧れもあったと思います。でも決してそれだけではないと思わせてくれるのがチャーリーです。しかし目先の欲望に目がくらみ、友人になり得た二人の命と自分の片腕まで失ったとき、彼は絶望の中に立たされました。腕を失ったことに対するショックはもちろんですが、ハーマンとジョンを喪ったショックは大きかったと思います。最初は敵対していた関係でも、金を探す場面では協力しあっていたのですから。チャーリーはジョンと二人で話す場面もあり、どことなく打ち解けた雰囲気がありました。

・化学者と連絡係

 ハーマンは、一見すれば皆と同じ金を探す労働者に見えます。食べ方が汚く金のない青年が、ストーリーが進むにつれてカリスマ性を帯びてくる展開は非常に面白いです。現代で言うところのギャップというものでしょうか。ハーマンのカリスマ性が見えてくるにつれて作中の彼の存在感は大きくなり、シスターズ兄弟やジョンと同様に、気づけば私たちも彼に惹かれてしまっています。カリスマという存在がどんな存在か、感覚として理解できることでしょう。
 そんなハーマンに最も惹かれた人物がジョンです。ハーマンを人生の救世主のように捉えているジョンにとって、ハーマンという存在は暗闇に差した一筋の光だったに違いありません。彼のために嫌悪していた父親の遺産を継ぎ、彼のために土地を購入し、彼のために金を探す――出会ってまだ数日、しかも最初は監視対象だった相手にそこまで傾倒するなんて、よほどのことです。ただ、人生でここまで信頼できる相手と出会えたジョンを、私は正直に言って羨ましいと思います。決して長生きとは言えず、幸せとは遠いところにあったジョンの人生ですが、少なくとも最期を迎えるまでの数日間は人生で一番輝いていたことでしょう。

欲望と結末と運命

・欲望が招いた結末

 四人が抱く欲望はそれぞれ全く違うものです。殺し屋の引退を望むイーライに、提督の後釜を狙うチャーリー、平等な世の中を作りたいと願うハーマンと、そんなハーマンの力になりたいと願うジョン。目的も生き方も性格も違う四人の人生が重なった結果は、この作品をご覧になった皆さんならご存知のとおりです。問題はこの結末をどう捉えるかということ。見る人によって捉え方は異なってきますし、四人それぞれの視点に立つことでまた見え方も変わってくるでしょう。
 私は、あの結末は四人に幸せをもたらしたと思っています。ハーマンの力になりたかったジョンは、文字通り最期までハーマンの夢のため全力で協力していました。ハーマンも、事実だけを見れば志半ばですが、ジョンがいたことで二人の会社を作るという新たな夢を見ることもできました。イーライは念願叶って殺し屋稼業を引退するきっかけになりましたし、チャーリーは「家に帰る」という刺激のない生活の中に幸せを見出します。提督の後釜の夢は片腕と共に無くしてしまいましたが、チャーリーにとっては思ってもいない新たな生活を手に入れることになったのです。

・結末と運命

 これが四人の運命だと言えばそれまでかもしれません。運命は自分で切り開いていくものなのか、あらかじめ定められているものなのか、それは誰にもわからないものです。しかし運命が決まっているものだとしても、それをどう歩むかはその人次第です。ハーマンやジョンのように、最期は自分たちで作った薬品で死ぬことが決まっていたとしても、それまでに歩んだ道のりは決して無駄ではありませんし、ずっと暗い人生が続くわけでもありません。イーライやチャーリーのような刺激の多い生活から、突然鳥の鳴き声を日がな一日聞く生活に変わることもあるでしょう。それを幸せと捉えるか不幸と捉えるかは、その人次第です。

まとめ

 この映画は、主にシスターズ兄弟の生き様を描いた作品です。兄弟の人生の始まりや、兄弟に関わる人物、環境や心境の変化、そういったものを、緻密に構築されたゴールドラッシュの時代に合わせて表現されています。泥臭く不器用な兄弟の生き方は、アメリカを急成長させたゴールドラッシュに似合っているように私は思えます。また、ハーマンとジョンの友情は、あの時代でも現代でも変わらない美しさを持っているように見えました。
 ストーリーだけでなく、時代背景やセット、衣装を楽しむと共に、四人の人生が目まぐるしく変化する過程も楽しめる作品です。