素晴らしい記録や成績を残した選手への最大級の敬意の証、永久欠番。
巨人軍の1番は868本ものホームランを放った王貞治、ヤンキースの3番は野球の神様と
も称されるベーブ・ルースなど、各球団を代表するそうそうたる顔ぶれが名を連ねる。
そんな中でも1球団に留まらず、42番を米大リーグ全球団共通の永久欠番にしてみせた伝
説の男、ジャッキー・ロビンソンという選手をご存知だろうか。
実話に基づいたノンフィクション作品である。
あらすじと名言
「やり返さない勇気を持つんだ。」
「戦うべきは相手チームではなく、自分自身だ。君を必要としている人が大勢いる。
君を尊敬して見に来てくれる観客のために、必要としてくれる人々のために戦うんだ。」
「不可能の反対は可能ではない。挑戦だ。」
舞台は黒人差別が色濃く残る1945年、ニューヨークのブルックリンから始まる。黒人に
よって形成させたニグロ・リーグでプレーしていたのは、まだ若いアフリカン・アメリカン
の主人公、ジャッキー・ロビンソンだった。投げてよし、打ってよし、走ってよしの彼は、
ブルックリン・ドジャースのゼネラルマネージャーのブランチ・リッキーの目に留まる。
これから待ち受ける冷遇や差別がどれだけ残酷で、非道なものであるか予想していたリッ
キー。「やり返さない勇気を持つんだ。」と、ジャッキーには常に紳士でいることを求め、
野球界に新たな風を吹かるべく周囲の反対をよそに、彼をチームに入団させることに成功す
る。
「黒人は出ていけ!」「白人のスポーツだぞ」リッキーの言葉通り、打席に向かうジャッ
キーを迎え入れたのは汚い野次とブーイングだったが、そんなアウェーを物ともせず、オー
プン戦でジャッキーは大活躍を納める。
しかし、差別の根強いこの時代にだけあって黒人選手の参入には厳しいものがあった。
ジャッキーと共にプレーすることを快く思わなかったチームメイト達によって署名が集めら
れ、彼の1軍入りは物議を醸す。
リッキーの後押しもあってやっとの思いで1軍でプレーすることを許されたジャッキーだっ
たが、試合に出ては相手チームや観客からは野次を食らい、口汚く罵られる日々が続いた。
厳しい内角攻めは日常茶飯事、頭にビーンボールを食らうことさえ珍しくはなかった。差別
や風当たりは日ごとに強くなっていき、ジャッキーのフラストレーションは溜まる一
方だった。
募る不満を押し殺しながらプレーするジャッキーだったが、ついに相手監督の卑劣な野次に
彼の我慢は頂点に達し、ダッグアウトでバットを叩き割り、声を上げて怒りを露わにしたの
ち、泣き崩れてしまう。
限界まで追い詰められ、悲しみのどん底まで落ちたジャッキーを目の前にリッキーが声をか
ける。「戦うべきは相手チームではなく、自分自身だ。君を必要としている人が大勢いる。
君を尊敬して見に来てくれる観客のために、必要としてくれる人々のために戦うんだ。」
この一言に救われ、心を入れ換えたジャッキーは何かに突き動かされたように世間のヘイト
をものともせず必死にプレーしていく。
首位打者、盗塁王、そしてMVP。数々のタイトルを獲得していったジャッキー。いつしか
そんな彼の存在は黒人の希望の光となっていった。
差別に立ち向かってひたむきにプレーを続けるジャッキーの姿はやがてチームメイトを巻き
込み、観客を魅了し、子供から老人まで、ついには全ての人々に夢と勇気を与え始める。
リッキーの読み通りまさに野球界、いや、世界が変わった瞬間だった。
感想①ジャッキーの見せた「勇気」とは
「世界の警察」とも呼ばれる大国、アメリカ。絶体絶命のピンチで主人公が敵をなぎ倒し、
筋骨隆々の逞しいスーパーマンがビルの谷間を飛び回るようなこの国の言うところの「勇
気」とは、いわゆるパワフルさや力強さを連想する人も多いだろう。
しかし、今作品に見えた勇気はそれらのものとは少しだけ違った。決してされるがままでい
るというわけではない。心に熱いものを秘め、静かに毅然として立ち向かっていく紳士とし
ての姿だったのだ。
差別に留まらず、生きていく上で誰もが1度は経験するであろう理不尽や不遇の境地。そう
いったときにどういう姿勢で臨むのか。
腐っていても始まらないし、力を持って立ち向かうことは決して正しいとは言えないのかも
しれない。
頭に血が昇ってカッとなったそんな時に思い出したい「やり返さない勇気」だと感じた。
感想②今作から見えるマイノリティーへの見解
何かを新しく始めようとするとき、それまで「常識」だとされていたものに立ち向かうと
き、世間は大きな敵となるかもしれない。
新しい習慣やカルチャーが世に浸透するときというのは、いつも常識の見直しから始まるか
らである。
その当時黒人差別というものは当たり前で、黒人が白人に触れることはタブーであり、黒人
が白人に入り混じってプレーするということなどもっての他であった。作中で描かれている
ように、トイレですら使うことを許されなかった世の中において、ジャッキーがリーグを飛
び越えてプレーするということはとんでもない「非常識」だったのである。
有色人種への差別は以前より少なくなった昨今、何かと次の大きな話題として取り上げられ
ることの多いLGBTの問題。もし世間の同性愛者に対する見方が変わり、同性婚などに関す
る法律が改正された将来があるとするなら、今作のジャッキーのように英雄として崇めら
れ、永久欠番に認定されるようなセクシャルマイノリティーのアスリートが出てくるかもし
れない。
時に英雄やヒーローとは異端児であり、世間から淘汰される運命にあるのかもしれない。こ
の作品からは、おかしいことや間違っていることに対して声を挙げていける勇気が問われて
いるのかもしれない。
感想③現代に生きるジャッキー・ロビンソンの魂
メジャーリーグでは、年に1度4月15日の「ジャッキー・ロビンソンデー」で全球団の選
手たちが彼に敬意を表して42番の背番号を背負ってプレーする。
背番号42という数字に特別な思いを抱く選手は非常に多い。42という数字は「死に」な
どと、縁起の悪い数字として認知され、日本人には敬遠されがちな背番号であるのも事実だ
が、それ以上にアメリカでは決してつけられないこの背番号を、日本でつけようと好んで選
ぶ外国人選手は非常に多いのだ。
ジャッキー・ロビンソンにあやかって名付けられ、現在も米大リーグのニューヨーク・メッ
ツでプレーするスーパースター、ロビンソン・カノ二塁手は、永久欠番として登録されてい
る42を逆さにした24を選択してずっとプレーしている。
多くの人々に勇気を与えたジャッキー・ロビンソンの姿は、実体はなくとも様々な形で現代
に生きている。
「42 〜世界を変えた男〜 」感想まとめ
生前彼はこんな言葉を残している。「不可能の反対は可能ではない。挑戦だ。」彼は最後ま
で数々の挑戦をしてきた。記録への挑戦、世間への挑戦、そして常識への挑戦。
挑戦することで彼はそれまでの人々の価値観をひっくり返してみせた。
ここで忘れてはいけないのは、この彼を理解し、サポートしてきた周りあってのことだ。
こういった伝記が作品にされるとき、主人公にばかりにスポットが当てられ、周りが霞むと
いうのはしばしば起こりがちである。しかし、この作品はそうした周囲の人々の功績にも
しっかりとスポットを当てて作成してあり、広く人物の心情を汲んで作り込まれた作品だと
いう印象を受けた。
野球が好きでもそうでなくても、そんな彼の心持ちや生き様、そしてそれを取り巻く文化の
流れをも学べる作品ではないだろうか。