一見地味でも中身はゴージャス、そのギャップがたまらない魅力
「レインマン」は、歴代のアカデミー作品賞の受賞作品の中でも決して派手な作品とは言えないでしょう。むしろ最も地味な作品の一つと言えるかもしれません。この作品にはときめくラブロマンスも派手なアクションもありません。極論すれば、兄弟が車で旅をするシーンがメインのシンプルな「ロードムービー」です。映画の中盤は二人の兄弟の会話が殆どであり、しかも兄は自閉症なので会話すら成立しない場面も多々あります。それなのに、なぜ私たちはこの地味な作品にこんなにも惹かれてしまうのでしょうか。
そこで描かれているものは、過去を変える心の旅なのです。それは、愛に飢えた弟が自閉症の兄との旅を通じて、実は愛に満たされていた自分の過去の本当の姿を知る魂の旅なのです。一見地味なストーリーの下で展開されているのは、愛に飢えた人間の魂の成長を描いた壮大な旅物語りなのです。その内容の深遠さが、一見すると地味なストーリーで包み込まれているという、そのコントラストとギャップこそがこの映画の最大の魅力なのです。ゴージャスなプレゼントを敢えて地味な包装紙に包む、製作陣のそのセンスとチャレンジ精神には敬意を表したいと思います。
この映画では、自閉症、サヴァン症候群の兄と、その弟との心の交流という、映画での描写が困難とも思われる課題に敢えて挑戦しています。しかも、ストーリーはシンプルなのに2時間以上の上映時間を短く感じさせてしまう不思議な魅力がこの映画にはあります。一見するとあらすじは地味に見えても、映画とはまさにこうあるべし、と思わせてくれる要素がたくさん詰まっているゴージャスな映画、それが「レインマン」なのです。
「車」が家族関係の「キー」
チャーリー・バベット(トム・クルーズ)は、高級自動車の輸入・販売をしていますが、商売は上手くいっておらず、最近は資金繰りに行き詰まっています。物語は、チャーリーが長く絶縁状態であった父の訃報を聞くことで展開していきます。
チャーリーが商売にしていたのは車です。そして、資産家の父が宝物にしていたものも車とバラでした。さらに、チャーリーと父が絶縁状態になるきっかけとなったのもその父の車でした。
チャーリーは遺産としてその車とバラのみ受け取ることになり、300万ドルの資産は自閉症の兄(ダスティン・ホフマン演じるレイモンド・バベット)が受け取ることになります。チャーリーは資産目当てでレイモンドを誘拐まがいに病院から連れ出し、父の車で兄と一緒に旅をすることになります。
父の宝物であった車は、この映画では父の存在を暗示しています。父が好きだったのはクラシックカーで、遺産として残したのは、ビュイック・ロードマスターでした。一方で、チャーリーが商売で扱っているのは、クラシックカーと対極をなすスーパーカーで、チャーリーがランボルギーニ・カウンタックを港で受け取る場面があります。チャーリーが乗っている車のエンブレムはフェラーリでした。
父への反発がある一方で、どこかで父と繋がっていたい、父に愛されたいというチャーリーの複雑な心理、父へのコンプレックスが車によって暗示されています。そして、父の愛したビュイックで兄と共に旅をすることは、父に抱かれて兄弟が旅をすることを象徴しているのではないでしょうか。そして、チャーリーは兄の愛、すなわち家族の愛に気づいていくのです。この映画では「車」が家族の愛を繋ぐ「キー」であると同時に、物語を理解する上でも「キー」になっているのです。
中盤は兄弟のコミュニケーションの変化が面白いロードムービー
映画の中盤は、チャーリーとレイモンドの兄弟が父の車で旅するロードムービー仕立てになっています。レイモンドは自閉症・サヴァン症候群であるため、旅の当初、チャーリーはレイモンドと上手くコミュニケーションが取れずにいらつきます。しかし、チャーリーは少しずつレイモンドの閉じられた世界を垣間見る手段を見つけていきます。
一見、似ていないようにも見えるこの兄弟は、実はある意味似ているとも言えます。兄のレイモンドは自閉症で感情表現や他者とのコミュニケーションが苦手なのですが、弟のチャーリーも自己中心的で我儘、他者を思いやることが苦手です。兄弟はコインの裏表にも例えられます。それは本来の気質が同じでも、その現れ方が異なるということなのですが、この兄弟にもそれがあてはまるのかもしれません。
最初はレイモンドをただの金づるだと思って適当にあしらっていたチャーリーですが、それに激怒した恋人のスザンナが去ってからは、レイモンドと直接向き合わなければならなくなります。そして、レイモンドの行動パターンや嗜好を理解する努力を少しずつしていくのです。ホットケーキが好きなこと、シロップはあらかじめテーブルに置いておくこと。そして、ある決まった時間になると必ず、「テレビ裁判」を見なければならないこと。二人きりになることが、チャーリーの「他者を理解する」気持ちを醸成していくのです。この旅では、父の形見のビュイックが、チャーリーの成長を見守り、暖かく包みこむ「ゆりかご」の役目を果たしているように思えます。チャーリーは父の大いなる愛に抱かれて成長していくのです。そこには父の遺志が働いていたのかもしれません。
愛に飢えた人間と愛に満たされた人間
この映画でアカデミー賞主演男優賞を受賞したダスティン・ホフマンの演技の素晴らしさは既に語りつくされた感があります。しかしその一方で、若き日のトム・クルーズが、自閉症の兄との交流を通して人間的に成長していくという難しい役どころを見事に演じきっています。その演技の素晴らしさはダスティンに決して劣るものではなく、むしろトムのアシストがあったからこそ主演のダスティンの演技が冴えた、とも思えます。現在はどちらかというとミッション・イン・パッシブルの印象が強すぎてアクション俳優のイメージが強いトムですが、実はこのような複雑な心理描写を必要とする作品への出演もかなりあるのです。
映画の中盤、チャーリーが、実はレイモンドこそ「レインマン」だったと気づく瞬間があります。つまり、自分の想像上の友達(イマジナリー・フレンド)だと思っていた人物が実在した、しかも幼い時に生き別れた兄であった、と気づくのです。怖い時、寂しい時、いつもレインマンが傍らにいてくれた、レインマンがいつも自分を守ってくれいた、自分は愛され、守られていた、と気がつくのです。
その瞬間、チャーリーの「目」が変わります。このシーン以降、チャーリーのレイモンドを見る眼差しが優しくなるのです。愛を感じた人間とはこうも変わるのだろうか、と思うと共に、トム・クルーズとはこういう俳優なのか、と思わず鳥肌が立ちました。派手なアクションに目を奪われがちですが、実はこれが彼の真骨頂なのかもしれません。トムの場合、役者としてみれば派手すぎる包装紙に包まれてはいるものの、中身は地味だけど本質的な素晴らしいもの、この映画とはある意味、逆のパターンなのかもしれません。
このシーンが映画のクライマックスであり、ある意味全てを象徴しているかもしれません。映画の前半のチャーリーは、言わば「愛に飢えた」人間でした。愛に飢えた人間は、限りなく愛を求め、それを人から奪おうとします。それは時に漂流者にも例えられます。大海原を漂流する人間は、喉が渇いてたまらないために周囲の海水を手あたり次第飲んでしまいます。そのため、ますます喉が渇いて水を求めるということを繰り返します。渇きは決して癒されることはありません。チャーリーの恋人のスザンナが言っていました。「あなたはいつも人を利用しようとする。私も、レイモンドも。」
一方で、愛に満たされた人間はどうでしょう。渇きが満たされ、満足した人間は、惜しみなく人に愛を与えようとします。それは、人から奪う必要が無いからです。
チャーリーは幼少期に厳格な父にしつけられ、母も早世し、家族の愛を知りません。愛され方を知らない人間は、人を愛するすべもまた、知らないのです。通常は親から、または身近な人間から基本的な人間関係と愛を学びますが、チャーリーはそれができていなかったのです。
過去は変えられる
チャーリーは「レインマン」の正体を知ることで、幼少期に自分を愛してくれた家族がいたこと、すなわち「家族の愛」が自分の家庭に存在していたことを知り、変わっていきます。
旅を終えたチャーリーが、レイモンドの主治医のブルーナー医師に言います。「なぜだかわからないけど、資産の件で親父を恨む気持ちは無くなった。連絡のつかない息子は見限られて当然だ」と父に対する理解を示します。そして、当初はお金目当てであったはずなのに、「金はどうでもいい」と、25万ドルのオファーを断ります。家族の愛を知ったチャーリーは、父のことを許そうと思います。チャーリーは生まれて初めて父を理解したのです。父がチャーリーに残したものは、父が最も愛したもの、父の宝物の車とバラだったのです。そこにきっと父の自分への愛があったはずであろうことを想像できるほどにチャーリーは人間的に成長したのです。
映画の終盤、レイモンドがチャーリーと暮らせるかどうかの医学的な問診が行われます。そこに同席したチャーリーは自分の大切な家族を奪わないでくれるよう訴えます。両親が他界した今、兄は自分の大切な家族だ、その家族を奪わないでくれ、と必死に懇願します。チャーリーの心の叫びは見る者の心を打ちます。しかし、チャーリーは最終的にはレイモンドの保護権の主張を諦め、レイモンドが病院で暮らすことを見守ることにするのです。そこには、家族の愛を知ることで成長したチャーリーの姿がありました。彼は、自分のエゴよりも真に人の幸せを願う選択をすることができたのです。
チャーリーの「誰にも愛されず、孤独な幼少期を過ごした過去」は「過去のもの」となったのです。チャーリーは、大好きな兄に守られ、愛されていたのです。チャーリーの家庭には愛があったのです。チャーリーは、愛のある家庭に育ったのです。これから、チャーリーは亡き父、愛情表現の下手だった父の愛情もしっかりと感じることができるでしょう。
チャーリーのこれからの人生は劇的に変わっていくことでしょう。レイモンドとの6日間の旅は、ビュイックとバラの他に父から贈られた最大の遺産だったのかもしれません。それは、チャーリーの過去を変える心の旅だったのです。